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早ア邸新築工事物語
初夢
1999年の正月、初夢で「家を建てよう」と突然閃いて、何を思ったか西日本新聞の広告に出ていた「3階建て読本プレゼント」というのに申し込んでしまいました。
今度自分が家建てるなら、狭い土地を活かせる3階建てにしようと思っていたので、軽い気持ちで資料集めでもしとくかと思ったからです。
この時点では、家の床が湿気でブヨブヨしているとか、6畳のプレハブを利用していた工作室が狭いとか、南面の隣家の土地が高く、最近2階建てを建てられたので、日当たりが悪くなったとか、駐車場が狭いとか、不満はいろいろあったのですが、まだ家を建てるという強い決意はありませんでした。
しかし、お決まりのセールスさんの来訪で、「今年は公庫の低金利最後のチャンス」とか、「優遇税制で大変お徳です」とか各社のセールスさんが口を揃えておっしゃるので、「う〜ん、どうせ建てるのなら今かなぁ」という気になってしまいました。
資料は3社申し込みましたので、3社のセールスの方が入れ替わり立ち代り来訪され、「さぁ〜てどこが良いかなぁ」と悩みました。
各社のセールスさんの薦めで、とりあえず香椎のハウジングプラザで各社のモデルハウスを見学に行きました。M社は、内装が良く、うちのカミさんのお気に入りとなりました。
しかし、セールスさんがとても強気で、なかなかこちらの希望のプランを示してくれずに、会社の薦めるプランを強引に押し付けてくるようで、私とどうも合わないような気がしたのと、これで決めてくれたら、「値引きを300万円しますよ。」というトークにいったいいくら吹っ掛けているのかという気がしたので、私の心の中では最初からボツになってしまいました。
真剣にこちらの希望を聞いて何度もプランを持ってきてくれたのが、最終的に契約した旭化成ホームズさんとN社でした。
N社は最後まで残った会社ですが、最終プランでこちらの希望の屋根勾配が用意できないということで、残念ながらお引取り願いました。
最終的に残ったのは、ヘーベルハウスだった訳ですが、決め手は、在来工法の家と変わらない柔軟な設計力とALC板の素晴らしさと、セールスのTさんを始め、スタッフのみなさんの人柄でしょうか。
なんといっても、うちのカミさんが気に入らないと話は進まない訳ですが、旭化成ホームズさんは最初のプランで、700円からの材料まで載っている詳細な見積もりを提示し、「うちは値引きはいたしません」という絶大なる自信?を見せられました。
うちのカミさんは、もちろん値引きするところが大好きな訳で、最後まで「M社の内装と、値引きは魅力ね」と言っていましたが、旭化成のスタッフのみなさんの人柄を認めたのか、サランラップと、現場見学会のステーキに心躍ったのか、「お父さんが気に入ればいいんじゃない」と言ってくれました。
「やったでぇ〜。これで地下室プラス2階建ての実質3階建てが可能になった」と、希望の灯がともりました。
最終的には、基礎を兼ねてコンクリート造りで、地下に車2台分の車庫と13畳の工作室を取り、その上に2階建てのヘーベルハウスを建てるプランで55坪の家が建つことになりました。
公庫申し込み
プランを詰めながら、次の公庫は金利が上がるとの事で、4月の公庫の申し込みをバタバタしました。
税金対策上、早めに税制優遇を受けるために、11月中に入居できるように頑張りましょうとアドバイスがあり、12月には、我が家も父の七回忌をしなければならなかったので、「これはちょうど良い、頑張りましょう」ということで、5月の解体、着工を目指して設計を急いでもらうことにしました。
しかし、着工の5月までは、ほんとに打ち合わせでクタクタになる日々が続きました。
1999.6月 
地下車庫・工作室の工事が始まりました。
現場で見ると、図面でイメージしていたより部屋が小さく感じるのは、私だけでしょうか?
6月の大雨でどうなるかと心配しましたが、どうにかここまで出来ました。

