日本の航空史を紐解くと、日本初の飛行をした人物として、徳川、日野の二人の名前がでてくる。
少佐になって福岡二十四連隊に赴任して来たのは、この日野熊蔵さんです。
日野さんは、熊本県人吉の出身で、明治31年、陸軍士官学校を卒業後、自動車の研究を始め、その後飛行機の研究に移った技術畑の経歴の持ち主です。
日本の航空史は、明治43年12月19日、代々木練兵場において徳川大尉がフランス製のアンリ・フアルマン機で4分間約3、000メートル、日野大尉がドイツ製グラーデ機で1分20秒間約1、000メートルを我が国初の動力付き飛行機による飛行に成功したことに始まると記録している。
両機の初飛行は当初、所沢飛行場を予定し、機材も運び込まれていたが、同飛行場は建設工事の途中でまだ整地作業中であったため、急遽代々木練兵場に変更され、12月17日〜18日を試験飛行日として準備が進められた。
両機は早速組み立てを終え、地上滑走のテストを始めたが、徳川大尉のファルマン機はエンジン不調で整備が遅れてしまった。一方、日野大尉のグラーデ機は順調で、14日の滑走テストで高度1メートル距離30メートル、その後16日には高度30メートル距離250メートルの飛行に成功した。しかし、その日は公式の飛行実施日ではなかったので、「滑走中の余勢で誤って離陸した」との報告で済まされ、記録は認められなかった。
ファルマン機の整備は16日にも間に合わず、17日〜18日は強風のため延期され、19日午前7時55分徳川大尉のファルマン機、次いで日野大尉のグラーデ機が離陸し、飛行に成功した。
19日に飛んだ徳川大尉の記録が立派だったことと、徳川大尉が男爵家の出身で陸軍が徳川に名をなさしめたいと願ったという説もあるが、日野大尉は2番手とされ、徳川大尉が日本初飛行をした人物とされている。
記録として認めるかどうかは別として、とにかく、明治43年は徳川、日野の両名によって日本で初めて飛行に成功した記念すべき年であったことは間違いない。